一歩一歩実現ヘ

御徒町フォークダンス研究会 佐 野 政 治 1991.10


  私はフォークダンスを踊るとき、ふと頭の中をよきるものがあります。それは、これらの踊りの本物か在るところに一度行ってみたい、一緒に踊ってみたい、そして私たちか踊っている踊りはどのくらい正しいのだろうかを確かめたいと思うことでした。海外へ行って勉強したときも、日本へ呼んで教わったときもできる限りオリジナルに近い方からと心かけていました。そして、現地の村に入り、実存の、または近年まで存在していたフォークダンスを調査したいと夢見ていました。
20数年前、私の例会・研究会を一日も休まず踊っていた学生がいました。
  卒業後彼は東ヨーロツパを中心に、取材検閲が厳しい社会主義政権の時代にも、辛抱強く毎年着実にフ才一クロールドキユメントを取材記録していきました。そして自分の足で確認し、今では膨大な記録と情報を基に、今までに来日した舞踊団とは一味違う、オリジナルに限りなく近い舞踊団から私たちに紹介してくれました。
  今回はその招購にもっとも困難なルーマニアから(なぜならば少数民族の素晴らしい伝統と文化はその国にとって隠したがるものだから)トランシルパニア民族舞踊団を、そして次回はと・・、期待せずにはいられません。私の夢、私たちの夢に向かって一歩一歩実現させていくてっちやん(増永哲男君)に感謝し、応援していきたいと思います。 

Cプロに期待

民俗舞踊研究家 先崎広伸

  良く訓練された踊り手達か、コレオグラフに従って一糸乱れず踊るのを見ることは素敵な楽しみであるか、時として、技術的にも特に見るぺきもののない、また訓練されたとは思えない人が、思うがままに踊っている時、それに大きな感動を覚えることがある。私など、異国の田舎に取材したり、あるいは各地で実地指導したりするとき、その様な感動にめぐりあう。彼らは決して上手なダンザーでなかったり、校術的にも稚抽だったりする。けれど、自分の為に、自分いっばいに踊っている。体いっはいに、心いっばいに踊りを楽しんでいる。 
  訓練された踊り手達が、勿論自分いっばい踊れない理由はないのであるが舞台等で、踊るとき、その「位置関係」や「解りやすさ」といったコレオグラフによって、逆に制限を受けてしまう場合か多いのだ。舞台上で長時問、自由に踊らせた場合、収拾はつきにくいレ観客としても何を見たらいいのか、何が起こっているのかも解らない、というのが普通で、それでコレオグラフの価値、必要性も出くるわけだか、敢えて、それを取り外レ観客、あるいは、コレオグラファーよりの非難も覚悟の上で、新しい感動の機会を作 ってくれた。
  そして、世界でもはじめての企画と思われるCブロで真のフォ一クダンスを紹介してくれた、 フォ一クロールレポーター増永君に拍手を惜しまない。

folklore report

フォークロールレポートの始まり

  フオ一クロールレポートは1980年、虎の門VlC(ヒクターインフオメーシオンセンタ一)での取材記録報告会としてスタートしました。不定期だった報告会も原宿(ラフォーレ原宿)に移り、定期的にレポートを行い、グループでテーマを決めたレポートの要請にも応じたものがレポート№001から100です。
  ビデオの普及か著しくなった1985年に、フオークロールレポートl01からビデオの配布となりました。

  №136の後4年間、フオークロールレポートは一時中断し、その間、東ヨーロツパでの取材記録を急きました。途中、ルーマニアの草命(チャウセスク処刑)はの村の中で村人とジブシーのクリスマスキャロルを聞きながら知りました。テレヒもラジオも革命の二ュースを流し続け、ニュースのない時は、革命前は決して有り得ないことでしたが、クリスマスキヤロルと教会のミサか流れていました。
  東欧の民主革命後のフオ一クロールは大きく変わりつつあります。特にフェスティパルは経済的自主運営を余儀なくされたため量も質も半減しました。チェコスロパキアのストラズニチ工、ピホドナ、ミヤパ、ヂェトパ、コシツェのフォークロールフェスティパルは瀕死の状態です。ルーマニアでは2年に一度の"クンタレア・ロマニア"(*1)は中止になり、他の国々のフェスティパルも同様に経済的に苦しんでいます。
  1年のうち約4カ月を海外取材に、ぞの半分を東欧に責やし続けたフオ一クロールレポートも大きく変革しようと思います。今までの映像でのレポートの他に実演公演のレポートを追加します。彼らへの資金援助にもなり、私たちにも生のレポートは多大の好影響を与えるものと確信しています。オリジナルなフオークロールに近いもの、援助を必要とする舞踊団から日本への招贈を実現させていきたいと思います。 まず最初に、№137としてルーマニア国立民族舞踊団を選択いたしました。

 

フォークロールレポート増永哲男
 

◆1)クンタレア・ロマニアばルーマニア歌謡際と訳され、その中のフオークロール部門は6月第1金・土・日の毎朝8時から夜12時まで、モルダビア、オルテニア、ムンテニア、西、東トうンシルパニアの各雄方を順審に5週間かけて行われました。そのときに選ばれた海外派遺のための舞踊囲は世昇のフェスティパルで絶賛をばくし、いずれも最高の賞を獲得したことはいうまでもありません。私の一番印象にいつまでも残る唯一無二、想像を絶する強烈強大なフオ一クロールフェスティバルでした。

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