マケドニアの踊りの素晴しさ、

精神性の高さ


郷民俗舞踊研究所 所長 

民俗舞踊家 郷 成仲 1996


  
 タネツ来日に寄せて 待望の、あのタネツが来日公演をすると聞いてびっくりすると同時に、新たな感動を覚えました。あの素晴しい踊りと音楽を日本で見たり、聞いたりできるのですから。
 マケドニアの踊りの素晴しさ、精神性の高さを見たのは、とあるフェスティバルで見たおばあさんでした。村から出てきたままの普通の洋服を着、杖をついて他の数人と共に舞台に登場しました。ただ一緒に出てきたと思っていましたが、なんと踊りの列の先頭にたち、スカーフを振りながら踊り出しました。曲がっていた背筋も伸び、数人を従え、誇りに満ちた踊りを見せてくれ、まさに本当の民俗舞踊の感動を与えてくれました。退場するときは、踊っていなかったように腰を曲げ、杖をついて歩いていました。もちろん、会場からは大きな拍手があったのは言うまでもありません。このような、踊りの雰囲気も、今回の公演での大きな見所ではないかと思います。ほかにも鮮やかな衣装とバラエティに富んだ楽器で、マケドニアの文化の真髄を見せてくれることでしょう。
 マケドニアは、東西の文化の十字路として他国との試練と忍耐の歴史を持っています。そのため、さまざまな文化的要素がまじり合い、独特の文化を育ててきました。例えば、タパンという大きな太鼓から繰り出される意表をついたリズムとそれに合わせた踊りとが絶妙のバランスを見せてくれます。音楽的にも意表をついたリズムが見られ、マケドニア独特の世界を見せてくれることと思います。
 私事で恐縮ですが、永い闘病生活にも光が見えてきて、再び元気に活動できる日が来そうです。この時期に私を支えてくれた増永氏を始め、多くの方々に紙面をお借りして感謝の意を捧げたいと思います

複雑なリズム、

「ため」のあるリズム


民俗舞踊研究家 先崎廣伸 1996

 マケドニア国立舞踊団タネツは、1949年に創始され、1950年6月に初コンサートを開いています。1948年から1950年は、旧ユーゴスラヴィヤで国立の舞踊団「コロー」や「ラド」などが次々に生まれた時期でもありました。第二次世界大戦直後より、都市部ではいくつものダンスグループが生まれはじめており、それらは、各々の出身地の踊りを競い合う(Cプロの様な)形からはじまって、お互いに教え合ってレパートリーが作られていきました。タネツは、これ等のグループからの選抜メンバーではじめられたので、当初のレパートリーとしては、コレオグラフされていないナチュラルなフォーダンスそのものを踊っていました。
 本来マケドニアは、その起伏に富んだ土地柄からか、複雑なリズム、しかも規則的にきざむだけでなく、「ため」のある深いリズムをもっているので、当時のレパートリーによるコンサートでも各国で大好評を博しました。 1953年よりユーゴスラビアの一員として他共和国の歌、踊りを取り入れ始め、1960年代から70年代に組曲としてのレパートリーが確立しています。

タネツ
先 崎 房 枝

 バルカン半島の小国マケドニアには、長い歴史と伝統に培われた文化が今も誇り高いマケドニア人達の心に脈々と受け継がれています。
 数々の苦難を経て得た独立後目覚ましく発展した首都スコピエ、良質のワインで知られるカヴァダルチ、古い遺跡の残るビトラ近郊、 ユネスコ世界遺産に登録されているオフリド湖とその周辺、そして何よりも人々の温かさはマケドニアの宝です。タネツ創立時のメンバーでコレオグラファーでもある アタナス・コラロフスキー氏の尽力により、日本で数多くのマケドニアの民族舞踊が踊られている事は愛好家の間では知られている事実です。 その素晴らしい踊り、音楽、コスチュームを通して彼らの誇るマケドニアを世界中に紹介してくれるのがタネツではないでしょうか。
 日本に居ながらにしてマケドニアを知る事の出来るこの機会に、是非自分の目で見、体と心で古き良きマケドニアを感じてみてはいかがでしょう。
 

http://www.folklor.com/ensembles/1997tanec/tanec.htm

マケドニア国立

タネツ民族音楽舞踊団


フォークロールレポーター 増永哲男

 

 民俗音楽、民俗楽器、民俗衣装、民俗舞踊にはそこに住む人たちの文化があります。永い知恵と汗で作り上げたその文化はそれだけで芸術かも知れません。それらに触れたとき、そこに住まない人たちも、何の知識を持たない子供たちまでも拍手を繰り返すのは、人の普遍的な価値がそれに存在しているのかもしれません。そしてこの芸術は老若男女一緒に手をとって楽しめることが素晴らしいと思います。
 旧ユーゴスラビア時代にはコロー舞踊団にも勝るセルビアの踊りや、ボスニア、ツルナゴラ、クロアチア、スロベニアのバラエティに富んだレパートリーがたくさんありました。そして、なによりにもまして、アルバニアの踊り、トルコ人の踊りが素晴らしくて忘れられません。これらの踊りもタネツに希望いたしましたが、タネツは文化省直属の国立民族舞踊団であるため、その政策意向に沿わなければならないこと、そして彼らの殆どがマケドニア人であるため、少数民族系の踊りは次回に期待したいと思います。彼らは熱い心で気持ちを語っています。
 「私たちは、マケドニアとして初めて独立いたしました。私たちマケドニア人の愛唱した唄を聞いて下さい、そして、みんなで手を取り合う踊りを見て下さい。私たちのマケドニアを唄い踊ることができるこの喜びを、この舞台で、日本のみなさまと分かち合えることに感謝いたします。」
 マケドニア国立タネツ民族舞踊団 は1949年旧ユーゴスラビアの首都スコピエにて発足し、旧ユーゴスラビアの3大舞踊団(コロー民族舞踊団・ベオグラード・来日2回、ラド民族舞踊団・ザグレブ・来日1回)として長年活躍しました。第1次世界大戦後、マケドニアはギリシア北部、ブルガリア西部ピリン地方と今のマケドニアに3分割されました。今、激動の旧ユーゴスラビアから独立したマケドニアに、分割された地方に住むマケドニア民族の独立の求心力は今後しばらく目が離せません。
 紀元前アレキサンダー率いる王国からの流れを伝えるバルカンの音楽と踊りを、美しくも哀しいメロディーと強烈な太鼓のリズムで展開いたします。舞踊手32人 音楽8人 舞台監督1人 技術2名、計43名の来日となりました

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